国政選挙での支持層の動き(1990年代)
(-100万票)
自民2200万票→1530万票
社会1000万票→1970万票
公明740万票→610万票
共産540万票→400万票
民社390万票→270万票
税金180万票→120万票
サラリーマン新党175万票→87万票
二院(社会寄り)145万票→125万票
その他(新自由含む)350万票→400万票
スポーツ平和党首0→100万票
平成元年にかけてリクルート事件など自民党の汚職が明るみになり、自民党に投票した500万人が社会党に流れます。残り100万票はスポーツ平和党に流れたとします。
一方日本社会党は他党から1000万票奪い取りました。おたかさんブームで無党派の受け皿となったでしょう。
1992年にはさらに投票率が低下し、1100万票の棄権が生まれます。投票率は50.7%です。
自民1530万票→1500万票
社会1970万票→800万票
公明610万票→640万票
共産400万票→350万票
民社270万票→225万票
日本新党0→360万票
二院(社会寄り)125万票→130万票
スポーツ平和党100万票→140万票
社会連合0→70万票
その他600万票→280万票
投票率が今とほぼ変わらないということはこの数字が固定支持となるのではないでしょうか?
社会党に入れた1000万人は棄権を選択し、100万人が日本新党に入れたと推測します。また、その他からも日本新党や社会連合に流れたのかなと思っています。
スポーツ平和党は投票率に左右されない点と無党派層からの支持で考えたら、今で言うとNHKから国民を守る党に近いと思っています。地方選を見る感じN国は固定支持層をキープしているので、次期参院選でも議席を確保するでしょう。
1995年参院選は過去最低の投票率44%で投票者数も500万人、約1割減っています。
この頃には新進党や新党さきがけが誕生しています。この3年の間に小沢一郎や鳩山由紀夫などが自民党から離党して新党を作りました。
新進党の1992年の得票数は公明などを合わせての合計だと考えてください。
自民1500万票→1100万票
社会800万票→680万票
新進1225万票→1250万票
共産350万票→390万票
さきかげ0→145万票
二院(社会寄り)130万票→130万票
スポーツ平和党100万票→50万票
社会連合0→70万票
その他280万票→265万票
自民や社会は自社連立政権による棄権が含まれているのではと思っています。
1993年では
自民2300万票
非自民非共産連立政権1600万票
共産・無所属930万票
と比べて2000万票も少ないため、与野党関係なく支持層が離反したと思っています。
1996年になると社会党やさきがけから民主党へ合流する流れが起きます。前年より1600万票増えています。
自民党1820万票
新進党1560万票
民主党900万票
共産720万票
社民360万票
さきがけ60万票
その他140万票
の結果を見ると無党派層の半数近くは自民に、半数は民主に流れたでしょう。